・このエッセイは,福井市在住の鈴木様のご厚意により掲載させていただいております。
・実話に基づいていますが,文中の登場人物はすべて仮名です。
・写真は昭和30年代のものを中心に使用しておりますが,本文との直接の関係は
 ありません。出典は特に明記されているもの以外,主として本校所蔵の写真,
 または『鳴鹿小学校百年史』より引用しています。
【第1章第1話】

 5年生の初夏の学校での出来事だった。
 6限目の終了を告げる、ベルが午後のガランとした廊下に鳴り響く。各教室から、待ちかねた様に帰り支度した生徒が、先を争って飛び出してくる。
 僕達5年生の教室は東校舎の二階にある。教室の入口の上から(5年・担任久保教諭)と、黒の表示板が白文字で書いて吊り下げてあった。

 また今日も、3人の男の生徒が表示板の下に立たされている。その名前は、鈴木・下田・平山と宿題を忘れて、常に並んで立たされる常連組なのだ。しかし深刻になるどころかこの3人に関しては馴れたもので、その辺の要領はキッチリ心得ていて、あまり気にはしていない様子である。また今回も性懲りも無く、6限目に国語の宿題をしてこなかったらしく、いつものお決まりのコースとなった。


 授業時間は過ぎたのに、依然として声がかからない。隣の4年生のクラスでは、下校の挨拶を始めているのが聞こえてきた。気持ちだけが焦ってくる。
「おい下田君、僕らには、まだ帰れって言わんのかな?」
 ジロジロ眺めて笑いながら、廊下を通り過ぎて行く下級生を意識して、照れ隠しに僕が小声で聞いてみた。
「ほや、もうそろそろ先生なんか言うてくるやろ、しかし格好悪いな!」
 下田君も、きまり悪そうに顔を下に向けたまま、上目ずかいにぼそっとつぶやく。平山君はしきりと、廊下の外側からガラス越に漏れ聞こえる教室の様子を、そば耳をたてじっとうかがっている。

 「起立、礼!」
級長の号令がかかった。
「さあ、ぼつぼつ僕らにも声がかかるぞ」
平山君がしびれを切らして、待ちかねたように僕らの耳に口を近づけ、声を殺してひそひそとつぶやいた。


 後ろの入口の戸が、ガラガラと開いて女の子が出てきた。
「漢字のテスト、点数が悪いんで男全員残しやと、鈴木君らも仲間やの頑張りね」
冷ややかな視線をこちらに向けてクラスメートの女の子が、からかう様に残して去っていった。
「ちくしょう、あいつらいい気になって、今度何かあったら泣かしたるぞ!」
「あの2人はいつも生意気なんや、ちょっと勉強は出来るかもしらんが、僕らの事三バカって言うて軽蔑してるみたいや」
「やっぱり!、三バカか、悔しいけどなかなかうまい言い方やな」
「平山君そんな言われ方してるのに、のんきな事言うてる場合でねえぞ」
六限目は廊下でズーと立ちっぱなしで、疲れ果てた顔の僕も、この程度を返答するのが精一杯だった。

「しかし、腹立つなー!、勉強なんかがねえと僕らは何でも1番なんやけどな」
「僕そんな事より、ションベしとなった、どうでもいいで早ようしてくれ」
と言って下田君が足ふみを始めた。
「ほうやな、僕もや!」
「右に同じ!」
3人が股間に手をやり、ピョンピョン跳ねると、木造の校舎の廊下がきしみ、ガラス窓がビリビリ振動を始めた。

【第1章第2話へつづく】
※次回の更新をお楽しみに