・このエッセイは,福井市在住の鈴木様のご厚意により掲載させていただいております。
・実話に基づいていますが,文中の登場人物はすべて仮名です。
・写真は昭和30年代のものを中心に使用しておりますが,本文との直接の関係は
 ありません。出典は特に明記されているもの以外,主として本校所蔵の写真,
 または『鳴鹿小学校百年史』より引用しています。
【第1章第3話】

 残り組の相手をしながら、並行してテスト問題をがり版で書いていた先生は、後かたづけを始めた。
 1分もすると前の入口の戸が開いて、先生の姿が見えた。
「あれ!、君らまだいたんか、先生すっかり忘れてた、テスト問題は机の上に置いてあるはずや、それと漢字を2ページノートに書いてくるように、それは宿題や」
 右手にガリ版の台と、テスト問題のガリ版の原紙を左手にぶら下げたまま、面倒くさそうに短く言うと、そのまま職員室に向かって大きなスリッパの音を響かせ歩き出した。
 しかし5・6歩進んで急に思い出したように立ち止まり、こちらを振り向き廊下にいる二人に言った。
 「平山・下田、君達これから罰として、へちまに下肥(しもごえ)を運んで苗がどの程度発育しているかしっかり観察をしておくように。確か、おけは納舎(農舎 のうしゃ)に置いてあるし、しゃくは中に入れてあるはずやけどな。それに鈴木もいたはずやったな、あら!鈴木は?」
 教室に入ってしまった僕を、先生は廊下から大声で呼んだ。
「何ですか?」
 いきなり名前を呼ばれて、教室の中から廊下に帰り支度をしたまま飛び出して、先生に尋ねた。カバンはすでに肩から下げていた。
「君もなまけた罰に、便所の肥え運びや、3人で順番に、ふざけんとやるんやぞ!、先生はちゃんと見てるから」
 そう言い残してまた皮のスリッパの音を響かせ職員室へと去った。

「ちくしょう、また臭い作業か、今度職員室の横でこぼしたろか!」
 やけになって、あてが外れた腹いせに廊下から職員室の方に向かい、僕はどなりたてた。肩のカバンを外し、後ろの入口からドサッと自分の机の上に放り投げた…つもりだったが、気持ちが荒れていたためか、手元が狂ってしまい、無情にも机の角に当たり、ドスンと床に落ちて、中の教科書はカバンの外に放りださで一面に散らばった。
「やってられんな、いつも決まって最後は、これやもんな」
平山君もそう言いながら、上履きの草履を、廊下の板のかべに怒りをこめてたたき付けた。
「ほんなら初めから立たせんと、授業時間から勉強せんと肥運びしとけって言えばいいのに、僕らはそっちの方が勉強せんでもいいでよっぽどいいわ、ちくしょう!」
下田君も顔を真っ赤にして怒っている。
 3人は腹立ち紛れに暴言をはいた。


「便所のくみ取り口のフタを開ける瞬間、目にツンとくるやろ、目がショボショボして涙がでるんや、この辛さは先生には絶対わからんやろなぁ」
 あきらめ顔の僕が、階段の方に向かって歩きながら、聞こえるはずのない職員室に向かいながら、当て付けがましくうらみをこめて言った。
「ヘチマがそんなに大切なら、便所の中にでも種をまいておけばいいんや、なあ鈴木君」
 平山君は訳のわからない事を口走りだした。真面目な顔で。
「仕方ねえな、今日は順番どうしょうか?」
 あきらめ顔に少し笑いも浮かんだ。下田君が階段の手すりをまたいで滑り降りながら聞いた。
「いつもは、えんじゃん(=じゃんけん)で決めるけど、今日はここから納舎まで走って一番最初に(アッパドケ)肥桶の中のシャクにさわった者が、くみ出しの役、後は運び役、これでいいかな?」
 1階の廊下に3人は立ち止まり、こんな相談をして「OK」と話はまとまった。

【第1章第4話へつづく】