・このエッセイは,福井市在住の鈴木様のご厚意により掲載させていただいております。
・実話に基づいていますが,文中の登場人物はすべて仮名です。
・写真は昭和30年代のものを中心に使用しておりますが,本文との直接の関係は
 ありません。出典は特に明記されているもの以外,主として本校所蔵の写真,
 または『鳴鹿小学校百年史』より引用しています。
【第2章第1話】

 さていよいよ作業開始である。
 くみ取り口の前に平山君が桶をしっかり固定して置くと、次は下田君が丸い便所の鉄のふたを、「よいしょ」と横にずらした。汲み取り口は男子用と女子用と別れてあるが、今日の作業はなるべく運ぶ距離の短い、女子用から運ぶ事に決めて行動を開始した。
 もうすでにみんなの顔には、うっすらと汗がにじんでいる。ふたをあけた瞬間、ツーンと悪臭が鼻をつく、同時に目がアンモニアで、しょぼしょぼしだした。
 「さあ、ここからは鈴木君の番やぞ」
 下田君は鼻をつまみ、くみ取り口から顔をそむけて言い、しゃくを右手にしっかり持って、出来るだけ周辺の空気をかき乱さないように丸いくみ取り口から中にそっとおろした。「ボチャン」と耳障りの良くない音がする。手馴れたものではあるが、やはり辛いし臭い。めまいがしそうだった。
「鈴木君もっと腰を入れて、体も、もうちょっと前に倒してくんだら。そーっと、ほらこっちの桶の上で」
 平山君が、口うるさく指図する。
 「バカ!なぐったろか、ほら」
そう言って僕は、くみ上げたしゃくを平山君の目の前に近ずけた。
「あほ、こっちに持ってくるな、きたねーそんな物いらんわい」
 あわてて平山君は後ずさりをし、体をのけぞらして顔をしかめて鼻をつまんだ。


 くみ取り口は50センチ位立ち上がった所に、40センチ程の穴があいている。一回目の運び役の下田君は、コンクリートの高台の上で僕達の仕草を沈黙してじっと眺めている。やはり鼻をつまんだままで口をゆがめていた。目にしみるのか盛んに瞬きを繰り返していた。平山君も汲み取り口から5・6歩離れて僕の作業をじっと見守っている。
 「鈴木君は、しゃくを持っている姿は様になってるな」
 憎たらしい皮肉を込めた言葉が平山君の口をついて飛び出した。
「そんな事言うと桶の中に、(うんこ)こぼれるほど入れるぞ」
 桶の縁をしゃくで軽くポンと一つたたいて、僕はお返しで平山君に向かって言った。
「あんまりいっぱい入れると動くたびに、ぽっちゃんぽっちゃんと中の物が跳ねるんで後ろでもっこを担ぐ者は、おつりをもらわんかと気が気でねえんや」
今まで何度となく被害にあっている下田君は、もうこりごりといった顔をして、しみじみもらした。その間も僕だけが、せっせとくみ取り口と桶の間に、しゃくを運んでいた。


 放課後は低学年から高学年まで入り混じって騒がしい、東校舎と廊下にはさまれたわずかな場所に、いま僕達がいる。
 音楽室の前の廊下から窓を閉じたまま、じっと僕達の行動を注目している3・4人の女子生徒の姿が目に止まった。その中の一人は紛れもなく、僕の家の近所の四年生の桂子ちゃんだった。内心えらい所を見られたなと思った。先日も一部始終母親に報告されて、帰宅してからしっかり笑われてしまった。どうして女の子は口が軽いのかと、腹を立てたものだった。

「よーし、大体八分目くらいや、僕の役目は終わったぞ」
 右手に持ったしゃくを、下に向けてぶらさげたまま下田君と平山君に目で合図を送った。運び役の2人は、前後の役割をジャンケンで決めている。結局前で担ぐのは下田君、後ろは平山君と決まった。


 「さー景気よくやれよ」
 今度は僕が2人に気合を入れる番だ。いよいよ周囲に悪臭を漂わせてお猿のかごやならぬ、たっぷり入った(うんこ)ちゃ
んのお通りと言う事になった。既に校舎の廊下には、1階・2階・手前の渡り廊下と全てに人だかりができている。皆じっと固唾(かたず)をのんで興味しんしんで眺めている。だが普段は前開のガラス窓も、現在は固く閉じてそれでも飽き足らず、内側で鼻をつまんでその上顔をしかめている奴もいた。
 「どうでもいいけど、格好悪いな」
 平山君はばつが悪そうに、赤面しながら小声でつぶやく。
「あんまり気にすんなって、それより平山君僕と調子を合わせてくれな、どうも桶がチャポンチャポンと音がいつもと違う感じがする」
 後ろを振り向いて、桶の様子を確認しながら(うんこ)運びだけは名人芸の下田君が平山君に注文を付けた。僅かに平山君の腰がいつもより引けて、真ん中の桶の振れ方が左右に大きくなる。ゆれるたび毎に、桶の縁を伝ってしずくとなり平山君の足元に零れて落ちる。それを避ける為にまた更に腰を引くという悪循環を繰り返し、ヨタヨタ歩を進める。

【第2章第2話へつづく】