・このエッセイは,福井市在住の鈴木様のご厚意により掲載させていただいております。
・実話に基づいていますが,文中の登場人物はすべて仮名です。
・写真は昭和30年代のものを中心に使用しておりますが,本文との直接の関係は
 ありません。出典は特に明記されているもの以外,主として本校所蔵の写真,
 または『鳴鹿小学校百年史』より引用しています。
【第2章第2話】

 くみ取り口から畑と校舎の間の道を進む。右側の畑は学年毎に区割りをして、野菜を育て管理している。主にほうれん草・ネギ・大根・キャベツ等など、季節によってその種類も変化する。僕達5年生は、ホウレン草を栽培しているがこれも肥料やりと害虫対策が大変だ。
 数日前に鶏糞(けいふん)を手ずかみして、土に埋めたばかりでいくら学習とは言え違和感を覚えたものだった。その鶏糞は、同じクラスの小林さんの養鶏所から荷車で僕達クラス全員で放課後に、わいわい騒ぎながら運んでくるのである。犬・猿の仲の男子と女子は、平生のこだわりを棄て、唯一意気投合するのはこの時だけだ。
 でも今日の肥料運びは、全然楽しくない。鶏糞では無いし、罰としてだもの、自業自得やと自分に言い聞かせてはみても、無性に腹が立ってくる。放課後の校庭は、明るく弾んだ声が響き渡って授業時間の憂さを晴らすかの様に、まるで別世界、解放感に満ちて活気がみなぎっていた。楕円形の運動場のフイールドには、青々としたクローバーが茂っているのが見えている。ポツポツと白い花の色も目だってきた。


 また、トラックの第三コーナーと第四コーナーあたりの、グラウンドを5メートルほど後ろに下がった所に段差のついた鉄棒が、青い色の柱に支えられて設置してある。5・6人の男子が群がってぶら下がり、逆上がりを繰り返していた。今、鉄棒に腰かけていた赤色の体操帽が、クルリと一回転した。
 足洗い場の脇に立っている古木の桜の木の葉っぱも青々として、裏の出入り口の広いガラスの引き戸の一部を隠さんばかりに茂っている。校庭の遊動木には、まばらに生徒の人影があり、ゆっくりと揺れている。キーキーとかすかな金属音をたてていた。そんな光景を尻目に僕達は脇目もふらず、せっせと(うんこ)運びに精を出していた。


 5メートルほど進んで校舎に沿って左に折れ、道の無い狭い雑草の上を歩くと、また校舎に沿い左に曲がる。ここからは校舎が一直線に表の方に伸びている。それに沿って3メートル幅のゆったりした敷地内の空間道路が前方まで続く。数日前に全校で草むしりをしたはずなのに、すでにもう雑草がはびこっていた。
 この東校舎の日当たりの良い窓ぎわに沿って、へちまの苗が植えられている。全長は50メートルはあると思われる、苗の間隔がおおよそ40センチ位で今はまだ発芽から、何ほども日が経っていない。
「おーい平山君しっかりかつげま」
悲鳴にも似た下田君の声がかかる。僕もしゃくを右手にぶら下げたまま、彼らの横に付いて一緒に歩いて行く。
 目的のへちまの植えてある場所は、東校舎の反対側にあるが、この位置からではほぼ半周しなければならず、結構な距離になる。ジャンケンで負けた最初の担ぎ役の、この二人は校舎伝いに最長距離を運ぶ事になる。

【第3章第1話へつづく】