・このエッセイは,福井市在住の鈴木様のご厚意により掲載させていただいております。
・実話に基づいていますが,文中の登場人物はすべて仮名です。
・写真は昭和30年代のものを中心に使用しておりますが,本文との直接の関係は
 ありません。出典は特に明記されているもの以外,主として本校所蔵の写真,
 または『鳴鹿小学校百年史』より引用しています。
【第3章第2話】

 校舎の一番端から順番に、1本1本ていねいにしゃくで肥料をやってゆく。これは僕の担当である。まだ茎からようやく双葉になりかけた所で、弱々しい。
 1回目がどうにか終わった。2回目の役割は、くみだし係が下田君、かつぎ役は僕と平山君、やっぱり背の高さは前回と同様に異なり、でこぼこコンビの組み合わせになる。平山君はジャンケンでは勝ち目が無いとみたか、ぜひ前にさせてほしいと僕に頼む。
 今度は、さき程よりも距離は短い、校舎の中間あたりまで運べば済む。平山君の仕草にも余裕がうかがえる。三人とも半そでに下は黒の学生ズボンと言う格好だが、それぞれにひざがしらか尻には、大小の継ぎ接ぎ(つぎはぎ)が当たっている。悪ガキの勲章みたいな物で、まるで元気だけを象徴しているとも見える格好である。

 足並みをうまくそろえて順調に行くかに見えたが、どうしても背の低い平山君の方に桶がなびく。
「やっぱりだんだん重さが肩にこたえてくるな」
後ろを振り返り桶をうらめしそうに眺めたが、やがてどうでもいいとあきらめ顔になる。しかし前回と違い結構意気が合う。
「エッサ・ホイサ」
お猿のかごやよろしく、二人は調子を合わせた。ノンストップで目的の場所に着いた。
「しかし二度目になると、うまいもんやな」
桶を降ろした所で、僕は平山君の肩をポンとたたき軽い冗談のつもりで言ったのだが、
「まあな、僕のかじ取りがうまいんで、スムーズに運べたみたいなもんや」
と、すっかり本人は、その気になって調子ついていた。ふと理科の時間で学習した、単細胞のアメーバーやゾウリ虫の影が思い浮かんだ。しかし、口にするのはやめた。


 いよいよ3回目で、これが最後になった。言わずと知れた最後の組み合わせは、くみ出し係は平山君、そして王者の貫録を備えて運び役は下田君と僕が受け持つ事となった。大体背の高さもにかよっている2人、これまでに何度となく相棒を組んだ仲で、学習の時間はシュンとしていてもウンコ運びは超ベテランの域に達している。
 さていよいよ本領発揮!武者ぶるいして指の関節を一つポキンと鳴らした。準備はOK!。桶の釣紐に、モッコ棒を通す。2人の呼吸もぴったりと合う。
「せいの!」
かけ声をかけると桶は地面からゆっくりと持ち上がって、滑らかに前方へと移動を始めた。これぞ”あうんの呼吸”と言うやつかな?。
 先棒をかつぐのは下田君、後棒は僕がかついだ。足取りも快調で、鼻歌の一つも出てくそうな雰囲気だが、しかし臭うので僕は歌えない。


 順調に最初の校舎の角を曲がった所までは良かったが、その直後予想しなかったアクシデントが起きた。
「平山君よう見とけ、こんな感じでリズムを合わせて運ぶと、あんまり中の物は暴れんやろ!」
下田君は得意げに、くみ取り係の平山君に目をやって、それから後ろの僕の方にも顔を向けた。
「おい下田君あんまりきょろきょろすんなって、真面目にやらんと本当にこぼれるぞ」
後ろから僕がたしなめる。
「任せとけって、らんらん、らん」
彼は鼻歌で何やら口ずさみ始めた。体も小さくゆすって、スキップまで始める。

 ちょうどその時、雨曇りの空から一つ二つと雨粒が落ちてきた。
「ついに降ってきたな、こんな程度やったら大した事ねえな」
「あわてる事ねえって、ゆっくりやろうぜ」
確かに、そうあわてる程の雨の降り方では無い。ペースはそのままだ。
 その調子で次の角を曲がるはずだったが、いま降り出した雨に浮かれ出した雨蛙が一匹、僕らの歩いている草むらの葉の上で、ピョンと跳ねた。運の悪い事に、この光景が人一倍好奇心の旺盛な下田君の視界に飛び込んだ。当然見逃すはずなどない。案の定、自然と二・三歩と蛙に近づくと、無造作にグニュッと踏みつぶしたからたまらない、ことわざで”蛇ににらまれた蛙”というのは聞いた覚えはあるが、この場合、”悪ガキににらまれた蛙”になってしまった。かわいそうに何も罪の無い雨蛙は悲運の最後を遂げた。
 しかしその拍子に、真ん中の桶の重心が一気に前方に移動した。ある程度の予想はしていたものの、後ろでモッコ棒を担いで歩調を合わせていた僕も、調子を狂わされて、前につんのめった。

【第3章第3話へつづく】